私の夫の両親は東北に暮らしていて、数年に一度の割合で私達の住む神奈川を訪れる。そのたびに私の両親、とくに父親が「手厚くもてなせ」とプレッシャーをかけてくるので非常に困っている。こちらでの過ごし方をあらかたプランを立ててやって来る義父母の好きにさせてあげたいのだが、父は私達がどうもてなすのかを根掘り葉掘り聞いてくるので、父以外は正直うんざりしているところだ。
この春にも義父母が来たのだが、そのときも私の父が「どこか景色のいいところに連れて行ってあげなさい」としつこく言うので、横浜桜木町にあるランドマークタワーの展望台に義父母と私達夫婦で一緒に行くことになった。誰も気乗りしない中、エレベーターは高速でランドマークタワーの展望台まで私達を運んでいく。他の観光客からウキウキした気分が伝わってくる中、4人が4人とも気乗りしない表情を浮かべていた私達、周りにはどう映っていただろう。
だけど展望台に登ると、そこには横浜の街並みが一望できるすごい景色が待っていた。横浜に生まれ育った私も、こんな景色を見るのは初めてだ。私は思わず感嘆の声をあげて窓ガラスに近寄った。ところがガラスに近づくと、そのガラスが異様に汚いことに気づいた。よくよく見ると、人の手形がたくさんガラスについているのだ。しかも小さいものから大きい物まである。一体誰の手形？と思っていると、私達がいるのとは反対側が騒々しいことに気づいた。どうやら中国人観光客が集団で窓をバンバン叩いているのである。中国語はわからないけれど、ニュアンスで「このガラスが壊れたら大変だなあ、はっはっは」みたいなことを言っているのがわかった。先ほどの手形も、このどうやらこの人たちのもののようだ。結局一人千円かけて上った私たちの記憶に一番残っているのは、景色でも高速エレベーターでもなく、ガラスの手形であったとは、私の父には報告できない笑い話である。